30歳になった私は、30代に入ると転職が難しくなるのではないかと、不安になっていました。
実際には、30歳になったからと言って、いきなり転職が難しくなるようなことはありません。
それまでの職歴は評価してもらえるし、職歴と同じ職種なら転職はしやすいでしょう。私の場合は『営業職』なら確度が高いことがわかっていました。
ただ私は、経歴に無い『技術職』への転向を志望しており、その畑違いの転職活動のせいで苦しんでいました。
30歳で転職した理由
30歳のとき、私は派遣先のカーナビ事業会社で働いていました。
大手オーディオメーカーの子会社で、車載カーナビ用の地図データを作成し供給している会社でした。
私が配置されたのは地図データの品質管理部門で、地図データの間違いやバグを修正する業務です。
地図データの品質管理の仕事とは
会社には大量のクレームが寄せられていました。
「実際の道路状況と違う」「右折禁止で右折を指示された」「一方通行の逆走を指示された」「高速道路の料金が違う」「3車線なのに2車線で表示されている」「新しい信号機が抜けている」などなど。
日本全国のすべての道路を正確に表示しないと成り立たないのがカーナビの宿命だとすると、この会社の事業自体がかなりしんどいもののように思えました。
道路なんて毎日どこかしらで工事しているし、道路状況は刻々と変化しています。それに合わせて、地図データを更新していかなければならないわけです。
間に合うわけないだろ
というのが本音でした。
人命にも関わる仕事
しかし、カーナビの地図データは正確でなければなりません。
・右折禁止で右折したせいで右直事故になる。
・一方通行を逆走したせいで正面衝突する。
・信号機が抜けていたせいで人身事故になる。
カーナビは運転業務の補助ではあるものの、カーナビを信用したせいで人の命が危険にさらされる可能性があります。
私はこの仕事に、大きな責任を感じました。
業務では、しばしば現地調査に行きました。実際にクレームがあった現地に行って、正確な道路状況を確認します。インターネットで衛星写真を見れば済むような気もしますが、その衛星写真が最新とは限りません。やはり現地調査して確かめる必要がありました。
社員登用の制度があり、勧められた
この会社の風土は温かくて、社員と派遣に隔たりはなく、一緒に昼食を食べたり、仕事帰りに飲みに行ったり、楽しく働ける職場環境でした。
働き始めて1年が経つ頃、同じ課の社員から「社員登用の制度があるから、面接を受けてみたらどうか」と声をかけてもらいました。
この言葉があって、仕事について考えるようになりました。
私は地図を見るのが好きです。地理的なものへの関心は高くて、地図を見ているだけで楽しいと感じるタイプです。だから、仕事に楽しさを感じていたのだと思います。
ただ、大きく引っかかるところがありました。それは、
何かの専門的なスキルが身に付いている気がしない。
というところです。
毎日、パソコンで、Excelで作業をします。品質管理は技術職に括られる仕事ですが、実際の業務内容はかなり事務的でした。
「本当にやりたい仕事か」という迷い
社員登用の話を聞いてから、私は迷っていました。
・社員登用の制度がある。社員になれるかどうかは不明。
・社風、職場環境はとても良い。
・会社の事業自体はIT系。ただし業務内容は事務的。
・給与は悪くない。月給換算で平均的。
・専門的なスキルが身に付いている気がしない。
・技術職に就けるかわからない。職歴が評価されるか不明。
・IT系の仕事を探すことはできるが、何の業務か見通しが付かない。
・給与は、転職できてもおそらく未経験相応に下がる。
・専門的なスキルを伸ばせるかどうかは転職先の業務次第。
派遣という雇用形態は、かならず次の転職が前提になってしまいます。同じ勤務先での派遣期間は最長で3年まで。働き続けても、またいつか転職活動をすることになる。
動くなら早い方がいい
私は、派遣期間の更新を断って辞めることにしました。自分で自分の背中を押しちゃったような、そんな気持ちでした。
異業種転職を困難にしていた理由
私が東京に出てきたのは、「やりたい事を仕事にする」という目的があったからです。
私がやりたいと思っていた仕事は、クリエイティブ職か技術職。
この異業種転職を困難にしていたのには、明確な理由がありました。
経験も経歴もない
子供の頃から、物を作ったり、アイデアを形にすることが好きだったこともあって、クリエイティブ職や技術職のような、作ったり、開発したりする仕事に就きたいと憧れていました。
しかし、クリエイティブ職には、中途を育てるような土壌は無く、実績を示すポートフォリオが求められるなど、求人の時点で高い壁があって断念しました。
こういった仕事に就きたい人たちは学生の頃から動いているのが当たり前で、「未経験でもやる気を買ってもらえる」と考えていたのが甘かったのです。
技術職については、まだ間に合うような気がしていましたが、転職活動では弾かれ続けてきました。
そこで、雇用形態にはこだわらず、とにかくIT業界にもぐり込んで、なんとか技術職に近づこうとしました。
経歴がないなら、今からでも経歴を作っていくしかなかったわけです。
履歴書とのギャップ
文系の学部を卒業して、少なからずその知識が活きる保険業界で社会人を歩み始めました。
私の履歴書を見れば、誰だって「この人は営業職で行くべきだろう」と思うでしょう。
自分でもわかっています。「技術職に転向したい」というのが、もう、破茶滅茶なのです。履歴書を強引に塗り替えようとしているようなものなのです。
どこかで、自分の気持ちにケリを着けなければならない。
その時が迫っていることを感じていました。
30歳という年齢に対する焦り
30歳になった私は、30代に入ったことで転職が難しくなるのではないかと、不安になっていました。
年齢のことを思うと「もう転職は最後にしたい」という思いがありました。
わずか2年ほどの技術職の経験をもって、それで技術職への転職がダメなら、営業職で生きていくという覚悟をしなければならない年齢だと。
クリエイティブ職を諦めた時のように、技術職にも未経験者の転職限界年齢があり、自分は遅すぎた。
これはもう仕方ないことなんだ
業界未経験でも職歴があれば内定する
前に向かって歩いて行くのに、暗い気持ちで居たくない。
自分には『営業職』という鉄の評価がある。
「もし技術職がダメだった場合は営業をやろう。」
私は覚悟を決めました。
営業職の求人も見ることにしました。
どの営業でも労力は同じ。「どうせ同じ営業なら、扱う金額のでかい不動産にしてやろう。」
と思って不動産営業に応募してみると、いきなり社長面接。で、あっさり内定。
技術職に就くチャンス
いよいよ本命の技術職の仕事を探し始めたときでした。
28歳の頃に無線調査会社で一緒に働いていた仲間から、電話がありました。
「ちょっと会社に来れない?」
見ていてくれた人
その会社と言うのは、無線調査会社に調査用の車両とドライバーを提供していた協力会社のことで、渋谷にありました。
当時、私が住んでいた渋谷のボロ アパートから歩いて行ける距離でした。
会社に着いて、少々の雑談が済んだところで社長が話を切り出しました。
社長「新規参入の携帯会社がエリア設計の業務で人を募集してて、うちにも話があったんだけど。解析の経験があるから、できるんじゃないかと思って。どう?」
28歳当時、私は、無線調査会社で無線の解析業務を手伝っていました。
即断
エリア設計?
新規参入の携帯会社では、新設基地局をどんどん建てていかなければならないフェーズに入っていて、それでエリア設計部が人をかき集めている。
エリア設計とは、基地局のカバーエリアを設計したり、基地局を置く場所を選定したりする仕事。
とのこと。
私の移動体通信での職務経歴は1年半で、はっきり言って、技術職の経験としては浅すぎます。
自分にできるんだろうか?
社長は話を続けました。
社長「残業が多いらしいよ。毎日、残業だって。だから、やる気を見て採ってるんだって。」
もう30になる自分が、綺麗な働き方で技術職に就けるとは思えない。これにしがみつかなければ、二度とこんなチャンスは無い──
私は即断しました。
「やりたいです、お願いします。」
